IE9ピン留め
国滅びたら山河なし。東條英機とフランクリン・ルーズベルト
きんもくせい
第一一七号 国際民族文化研究所

二〇一二年二月一日発行

  国滅びたら山河なし
     人間は平等に作られてはいない                                           
 七十年以上も生きて楽しみの一つは人間の生きざまを見ることである。
私が生まれたのは太平洋戦争の直前であり物心ついた四歳の頃は東京の空
襲で逃げ回り信州の山間の田舎に逃げた時であり食糧や日用品がなく栄養
失調でふらついていた時期であった。従ってなぜ戦争が起きたのか、なぜ
空襲で逃げ回らなければならなかったのかなどの理屈は分からず世の中は
こういうものだという当たり前の意識で毎日を過ごしていた。信州の山間
の田舎といっても毎晩のようにアメリカの飛行機は飛来し「空襲警報発令
」と同時にサイレンがなり家の明かりを消し庭に掘ったお粗末な防空壕に
隠れ米軍機が去るのを息を潜めて待っていた。東京等大都市のように爆弾
を落とされることは無かったとはいえその恐怖は忘れることはできない。
しかし、もっと辛かったことは終戦の翌年小学校に入学したが食糧がない
ため道の草を食べる等衣食に事欠き栄養失調で体調もまともでないことで
あった。東京にいたころ日本橋等いたるところ破壊され無数の人々が放心
状態で地面に横たわっており、上野駅や周辺は戦災孤児で足の踏み場もな
い状態であったが哀れにも疎開する資金のないそれらの人々の多くは餓死
したという。今考えると戦後の辛い毎日を送るより餓死した方がよかった
のかも知れないとさえ考えることがある。

 さて、このような人生の出発点で始めた人生は人間の生きざまそのもの
である。親は食べるのに必死で学校はただ通うだけでまじめな先生もいた
かも知れないが大学すら形式だけであった。いわゆる出世すなわち社会で
目立つ存在になるか金持ちになるか有名人になるかは個人の才能や運や日
本特有の人間関係にかかっていた。その逆に社会で落ちこぼれる者も多く
全くその人間模様は多種多様であった。
 何十年も経って今考えることは出世した人が本当に幸福か、落ちこぼれ
た人が果たして不幸か一概に言えないことである。若いころから優秀で東
大を出て一流企業に入ったが今でいうキャバクラの女性にたぶらかされて
職を失った者もいた。東大を優秀な成績で卒業し官庁に入ったものは天下
りで世間から叩かれている。その一方で親を戦争で失ったり家庭が貧しく
高校さえ行けなかった者が職人として成功している例も多い。いづれの場
合もこの二十年以上も続く不景気で一様に元気がない。そう考えると人の
一生とは何かと考えざるを得ない。

 突き詰めて考えるに人間の一生は出世とか落ちこぼれの範疇で考えるこ
と自体が間違っていることに気づくのである。その人が如何に納得した人
生を生きたか、幸福であったかが結局は長いようで短い人生の価値を決め
るのではないかと思うのである。しかし、多分納得した人生を送れたか、
幸福であったかは死ぬ直前に悟れるものであって元気なうちは分からない
のが実情であろう。
 様々な人と出会ったり、人の話を聞いているとすべてに恵まれいわゆる
社会で出世した人ほど多くの不幸な問題を抱えていることが多い。逆に落
ちこぼれとまでも言わないまでも社会で恵まれない人ほど幸福度が高いと
思うことがある。なぜかと考えるに恵まれた人生を送った人は自分で努力
しなくても生まれつきの才能や周囲の人々にちやほやされて生きてきてお
り自分で努力したり工夫して生きる経験に乏しいからである。逆に恵まれ
ない人は自分で努力したり工夫しなければ生きられないから経験が豊かで
ある。
 そう考えていくと、この年になって思いつくことは結局人間の一生は才
能や恵まれた環境ばかりでなく自分が生きるために戦った経験が最後に自
分が幸福であったかよい人生であったか決めることになるということであ
る。

 現在の社会は人生の出発点をできるだけ平等にしようとしている。それ
はそれでよいのだがそもそも人間は不平等にできている。社会も不平等に
作られている。不平等を是正するのではなく不平等の中で如何に努力し工
夫して生きていくかが重要で特に若い時期にこの意識を持たないと一生が
不幸になると思うのである。
 本紙の歴史推理小説で東條英機が創設した陸軍中野学校を詳細に記述し
たが生きて国家のために尽くすには如何なる手段を使っても強く生きるこ
とが求められている。
 私自身戦後の混乱のなか学校、職場と無理難題を強いられ不愉快な経験
の連続であったが学校も職場も恰も陸軍中野学校のような雰囲気で東條英
機は天皇制の是非について議論することさえ許したのである。つまり如何
なる困難な状況にあっても社会や自分に負けない生き方を求められた。今
考えるとそれは正しかったと思うのである。東大をトップクラスで卒業し
た仲間が次々と脱落し自殺したり大学教授に落ちぶれていく一方、夜間高
校卒の仲間が幹部になる等一寸先は闇の世界であった。

 今、世の中は経済を中心に空回りを始めた。ブロック経済に似た世界競
争が始まっており禿鷹ファンドは日本を標的にしている。一方日本の政治
は力を失い社会は堕落しつつある。二次大戦の前夜の日本は一流国として
政治や軍事はしっかりしていたが今は目を覆う悲惨な状態にある。多分同
じような歴史は繰り返すことになるかも知れないが、私たちは国家が滅ん
だ経験を知っている。今後日本を背負っていく人たちは人間は平等に作ら
れていないことを自覚し、陸軍中野学校の教えのように如何なる困難も乗
り切りもし余裕があれば他人に慈悲を与える世の中を作ってもらいたいと
思うのである。


**国際民族文化研究所**
目的:歴史を研究することによって現在や未来を検証する個人研究所   
主宰:三枝篤夫
住所:埼玉県狭山市
メール:saegusa46@hotmail.com
実績:本名で過去数冊の出版実績あり
   研究所機関紙「きんもくせい」(本紙)をメルマガ等で配信
その他:メルマガ、ブログで受信の方は機能上新聞の形でなくベタ打ちにな
   りますのでご容赦ください



**悪戦苦闘の株取引**
 今度の選挙は困ってしまう。民主党は信用できないし、自民党に戻ることは
まっぴら御免だ。といって新党の経済や外交政策は全く分からない。
 このままでは日本沈没は間違いないと思ってしまう。そもそも国家の予算な
ど50兆円もあれば十分の筈だ。政治や行政の基本の在り方をボランテイアに
すれば国の財政は正常に戻る。政治、行政、福祉が職業となっているから癒着
が生まれ、汚職がはびこる。
 国家財政を健全にするには国家の哲学から見直すべきかも知れない。
 




 歴史推理小説 その時思った    

(本短編集は真の歴史研究を目的とし英雄たちが決断をするとき何を思ったか推
測により記述したもので、歴史上の事実関係には極力忠実に従いましたが、主人
公が思ったことや周囲との会話は推測でありその意味で歴史推理小説として位置
付けました。三枝篤夫著)            

 第ニ話 東條英機とフランクリン・ルーズベルト
 
 ほとんどの日本人とアメリカ人は戦争をしたくなかった。昭和天皇と東條英機
首相は全力を尽くし日米和平を目指し戦争を避けようとした。ルーズベルトも国
民の九割が戦争に反対であり、彼自信も障害者として苦難の道を歩んだ経験から
弱い立場の若者を戦場に送ることは忍びなかった。しかし、なぜ日米は戦うこと
になってしまったのか。

 その十六 世界を変えた蒋介石の反抗

 十一月二十二日ハルは国務省に中国、イギリス、オランダ、オーストラリアの
大使を招致し暫定協定案について説明した「この案の趣旨は日本軍を南部仏印か
ら撤兵させ引いては中国本土からの撤兵にも動機を与えるもので日本からも乙案
として同様な提案がなされわが国はそれを受け入れたものである。我々としては
三カ月もあれば日本との和平は成り立つものと期待しており日本軍の中国からの
撤兵にも繋がると」ハルの説明が終わらないうちに中国の胡適大使が怒りを露わ
に反発した「日本の乙案にアメリカが賛成し石油の日本への供給を再開したら事
態は元に戻るだけで何の進展もないではないですか。何が和平ですか」と席を蹴
り退出して大使館に戻り重慶の蒋介石に詳細な電報を打ちまくった。
 
 ハルは構わず続けた「大切なことはアジアと太平洋の平和と安全を守ることで
石油をこれ以上禁輸して追い詰めたら日本は武力に訴えてくる。天皇も東條もア
メリカと日本が戦うことは何としてでも防ごうとしておりアメリカとしても暫定
協定案で日本の意向に応えるものである」。イギリス、オランダ、オーストラリ
アの大使は本国の意向は未だ得ていないが間違いなくイギリスやオランダはアジ
アの植民地を日本の侵略から守りたく、オーストラリアは日本の直接攻撃から守
ることに腐心しており今アメリカが日本と合意したらそれらの安全が脅かされる
と主張し、アメリカがこれらの国を守ってくれること、つまりアメリカが参戦し
て彼らを守ることを主張した。
ハルは彼らの意向は分かっていたがアメリカが必死の努力をして何とか日本との
話し合いを続け合意を取り付けようとしているのに彼らはアメリカの努力を理解
しようともせずただ自分たちの安全を考えていることに呆れるとともに大きな失
望を感じた。

 ルーズベルトはハルからの説明を聞き暫定協定案がすんなりこれら友好国に受
け入れられるとは予想していなかったが彼らの危機感がこのように強いこと、そ
してアメリカの参戦を熱望していることを露骨に表明したことに戸惑いを禁じえ
なかった。彼は思った「真実は一つだ。私は戦争をしないことを国民に約束して
大統領になった。国民の殆どすべては戦争に反対している。陸軍や海軍も戦争準
備は全くできていない。今日本と戦ったら太平洋、オセアニア、我がアメリカ大
陸の一部が日本に蹂躙されないとは誰が言えよう。ここは何としても暫定協定案
で日本と合意を結ぶしかない」。この方針に従ってハルは二十四日には胡適大使
を呼び詳しく説明するとともに二十五日ルーズベルトは議会で日本に暫定協定案
を提出することを報告した。

 しかし蒋介石は黙っていなかった。洪水のような量の電報をハルをはじめアメ
リカの要人に送りつけ「アメリカと日本が合意したら我々はアメリカの言う国際
信義というものを信じない。アメリカが一滴の石油を日本に与えれば一ガロン(
四リットル)の中国人の血が流れる」としてアメリカの強硬派や親中派を活気づ
けた。更に一面識もないチャーチルにも電報を打ち、ドイツの猛攻で陥落寸前の
イギリスの立場からチャーチルはルーズベルトに電報を打ち「今、中国を失えば
我々としては国際的に劣勢な立場に立つことになる。アメリカの慎重な姿勢を求
めます」と暗にアメリカの参戦を促した。
これら友好国の反発はアメリカ国務省や軍の強硬派を勇気づけ何とか日本に最初
の一発を撃たせアメリカの参戦を画策したいと奔走していた。

 日本の外務省や陸軍はアメリカ同様暗号解読をしておりこれらの動きをかなり
正確に把握していた。特に重慶の蒋介石からアメリカに発せられた電報はすべて
解読しており、また野村大使からも次々と情報がもたらされた。東郷外相は情報
を逐次東條首相に報告していた。
 東條は考えていた「ルーズベルトは暫定協定案で日本との合意を結ぶきっかけ
にしたいと考え議会の了承を得た。しかし、蒋介石を始めアメリカの友好国はこ
の案に反対でアメリカの参戦を強く望んでいる。アメリカにとっては日本より友
好国の方が大切であるといっても今参戦する訳にはいくまい。参戦して準備の整
っている日本と戦えば準備のできていないアメリカは膨大な犠牲を払うことにな
る。
暫くは暫定協定案がいつ日本に手渡されるか、アメリカの友好国をルーズベルト
はどう説得するか見守るしかあるまい」。

 しかし、ルーズベルトは基本姿勢は変えなかったが暫定協定案がこのままでは友
好国を説得できないことを薄々悟っていた。以下次号 



**家庭菜園奮闘記**
 毎年野菜の主役は代わるが、今年は大根、里芋、小松菜を堪能した。
味噌汁の具に使ったり、ゆでておしたしにしたり、煮物にしたり十分堪能した。ス
ーパーで買う野菜と味が違うのはどういうことであろうか。
 他の野菜も白菜、野沢菜、カブなど買ってきた野菜と比べ物にならないくらい美
味しい。特に肥料を使う訳ではないが家庭菜園をしている人は皆同じことを言って
いる。
 秘訣はどこにあるか謎である。


Hideki Tojo, and Franklin Roosevelt (tentative translation)

In November 1940, just one year before the pacific war, the election of
President was held in the United States. Roosevelt was not necessarily
willing to run for president since he has already elected President twice
and he wanted to follow the precedent since the first President Washington
who declined to be elected three times. However he was requested to run for
President by Democratic Party which he belongs and people of the United
States and got overwhelming victory. The reason of which is, under internationa
l situation that Germany is conquering Europe, people of the United States
believed that the person who can protect the States is no other persons except
him though there are able figures who wanted to run for President.
# by 1106-1940 | 2012-02-01 15:37 | Trackback | Comments(0)
政治・行政に外国人の登用を。東條英機とフランクリン・ルーズベルト
きんもくせい
第一一六号 国際民族文化研究所

二〇一二年一月九日発行

  政治・行政に外国人の登用を
       信長は宣教師を活用した                                           
 
 政治家の方々には申し訳ないが今の日本は政治家が信用を失い
結果的に経済や教育といった重要な分野も危機的な状況に突入し
つつある。
 日本国の象徴は憲法上天皇であるが、現実には政治がまともで
あれば国は正しい方向に進む。政治とはそれほど大きな影響力を
持っているが残念ながら現在は逆の方向に向かっている。
 民主党には人材が多く政権交代は誰もが期待したが公約と逆の
政策を進めるなど怒りすら覚える状況はどうしてであろうか。政
権を取って二年足らずで多くを期待するのは酷かも知れないが世
界情勢を勘案するとそんなことを言っていられない。戦後の日本
にはまともな政治家がおらず戦後七十年近くなろうとするのにア
メリカの属国の状態にあり国民は貧困に喘いでいる。
 
 本紙で何回も述べているが日本を悪くしたのは日米安保条約で
ある。吉田茂首相がサンフランシスコ講和条約を結んで日本が正
式に独立した後の一時間後彼は誰に相談することもなくアメリカ
との安保条約に署名したのである。しかし吉田はこの条約は日本
に大変な禍を持たす可能性があるとして随行した後に首相になる
池田隼人を調印に同席させなかった。つまり吉田は安保条約は多
分日本の真の独立を阻害すると考えたのだと思うのだが、当時の
日本の状況から止むを得なかったのかも知れない。問題はその後
現在に至るまで安保条約に疑問を呈した首相がおらずアイゼンハ
ワー大統領や岸首相が問題視した程度であった。要するに日本は
この七十年近くアメリカの過保護の下で生きてきた。終戦後の私
たち子供の世界は喧嘩が強くなければガキ大将の家来になるか常
にボコボコに殴られ死亡することさえあった。人間は強くなけれ
ばいけない、負けてはいけない、これが生きる上の道理であった
。そしてこの道理に最も反するものが過保護であり、アメリカと
親の過保護で育った現在の日本の中核をなす世代ははっきり言っ
て人間の道理を知らない。安保条約の下で経済は一時的に強くな
ったこともあったが結局は失われた十年とその後の十数年合計二
十年以上に亘って経済は停滞し社会は崩壊状態である。遠からず
総選挙があるという。民主党は頼りないし自民党政権には戻りた
くない。公明党や共産党は特殊であり結局選挙に行かないという
のが国民の多くを占める。これは議会政治の崩壊であるが従来か
ら投票率は五十から六十%でありそもそも政治が軽視されている
。なぜか。政治や行政が国民に信用されていないからである。

 突飛な提案だが政治・行政に外国人を雇ってはどうであろうか
。聞くところによると小渕政権のころ日本の政治家が余りにお粗
末であることからゴルバチョフやサッチャーを雇うことを真剣に
考えたという。また海部内閣の時には行政に詳しい優秀な官僚を
大臣に登用することを真剣に考えたという。一般的に政治家は世
間の事情に疎すぎる。プライドばかり高く謙虚さがない。首相や
大臣になったからといってすべて自分で処理しようとする考え方
自体が間違っている。また公務員も課長くらいになると保身に走
り出す。結局日本の行政を真剣に考えているのは政治の色に染ま
っていない各省の係長くらいまでで実際に日本を動かしているの
は各省の係長クラスであろう。大会社でも同様で日本の政治や経
済に大きな影響を与えている三菱や三井グループを実質的に動か
しているのは係長クラスかも知れない。
 私見であるが日本の官庁や大会社の係長クラスの人たちは世界
に比類が無いほど優秀である。欧米のトップダウン社会と違って
ボトムアップ社会の日本では当然のことかも知れないがこのよう
なシステムにシガラミに染まっていない優秀な外国人を雇って組
み合わせば日本の社会は様変わりすると思う。例え首相が外国人
でも一向に構わないと思う。アメリカでは誰も予測しなかった有
色人種の大統領が誕生した。インドでもイタリア人が首相に選ば
れた(彼女は辞退したが)。

 歴史を見ても織田信長の時代西欧ではスペインやポルトガルが
中南米の現地人を虐殺して自分たちの領土とし、次はアジアを狙
ってその地ならしのため日本に多数の宣教師を送り込んだ。信長
はその意図を見抜き彼らを利用し世界情勢を勉強し世界戦略を立
てたという。つまり宣教師を部下とし信長の世界戦略の頭脳とし
たのである。その後スペインの無敵艦隊がイギリスの海賊海軍に
破れ世界はイギリスの支配となるのであるが七つの海を支配した
イギリスもそう急には強くなれずヨーロッパのごたごたが続いて
いる間日本は江戸時代という安泰な政権を維持することができた
のである。

 現在の日本で外国人を悪い言葉で言えば利用していない分野は
政治・行政しかない。政治・行政が外国人の力を借りてはいけな
いという道理はないしもし法的に支障があるならば法律を変えれ
ば済むことである。
 ただスカウトは面倒である。野球を始めスポーツ界のようにス
カウトを職業とするシステムが必要になってこようがさして難し
いことではあるまい。私がワシントンで勤務していてカーター政
権が誕生するときアメリカ政府より書簡が来て二千名の行政官が
失業するので自由に雇って欲しいとの要請があった。アメリカで
は政権が代われば各省の課長以上はすべて代わるのである。
行政官ばかりでなく政治家や実業家をもっと外国から自由に雇え
る社会にすれば前述の通り係長クラスの優秀な若者が多い日本で
あれば外国人のパワーと大胆な発想が結び付き予想外の活躍が期
待でき社会に活気が出て経済が立ち直り社会もまともになる可能
性もあるのではないかと思うのである。


**国際民族文化研究所**
目的:歴史 目的:歴史を研究することによって現在や未来を検
   証する個人研究所
主宰:三枝篤夫
住所:埼玉県狭山市
メール:saegusa46@hotmail.com
実績:本名で過去数冊の出版実績あり
   研究所機関紙「きんもくせい」(本紙)をメルマガ等で配信
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   打ちになりますのでご容赦ください


**悪戦苦闘の株取引**
 私の知人は日本の国債は信用できないとし多額の損失を承知で売
却した。
日本の国債が1%から8%外国人の所有になり増えたという。日本
の金融機関もいざとなれば自分を守るため国債を禿鷹ファンドに売
るであろう。
 財務省のワンマン幹部の言うとおり増税路線を突っ走る現政府は
国家の危機を本当に分かっているのであろうか。消費税を上げて景
気が良くなった例は外国にない。そもそも日本には様々の税金があ
り消費税は二重課税の性格であるが消費税を導入した竹下元首相の
責任は重罪に当たる。





 歴史推理小説 その時思った    


(本短編集は真の歴史研究を目的とし英雄たちが決断をするとき何を
思ったか推測により記述したもので、歴史上の事実関係には極力忠実
に従いましたが、主人公が思ったことや周囲との会話は推測でありそ
の意味で歴史推理小説として位置付けました。三枝篤夫著)            


 第ニ話 東條英機とフランクリン・ルーズベルト

 ほとんどの日本人とアメリカ人は戦争をしたくなかった。昭和天皇と
東條英機首相は全力を尽くし日米和平を目指し戦争を避けようとした。
ルーズベルトも国民の九割が戦争に反対であり、彼自信も障害者として
苦難の道を歩んだ経験から弱い立場の若者を戦場に送ることは忍びなか
った。しかし、なぜ日米は戦うことになってしまったのか。


 その十六 世界を変えた蒋介石の反抗

 乙案があることを暗号解読で知っていたハルは甲案については関心を示
さなかった。野村大使に対し中国との和平が成立した場合日本軍の撤兵の
規模はどの程度かといった質問を野村大使にした程度で交渉を積極的に継
続しようという意欲は見せなかった。野村大使はアメリカ側の反応が思わ
しくないことを悟り東郷外相と協議し十一月二十日来栖大使を伴いハル国
務長官に乙案を手交した。乙案は日本軍が南部仏印から撤退する代わりに
石油の供給を元に戻すというもので日本としては最終的な妥協案であった
。ハルは「十分検討した上で返答させていただきたい」と述べ同案を受け
取った。
 
 ルーズベルトは乙案をアメリカとしては受け入れることが可能であると
考え「日本がこれ以上南進しないことを条件に日本に対する経済緩和を緩
め石油の供給も元に戻す。またアメリカは日中の問題には取り敢えずは干
渉しない。取り敢えず三カ月間日米交渉を続け、それ以後については改め
て考える」とする暫定協定案を作成した。この協定案は日中間の問題は日
本に任せるというもので乙案より柔軟な内容であるがその理由はルーズベ
ルトとしては国民や陸軍海軍が戦争に反対しているのみならずルーズベル
ト自身大統領選挙で戦争には巻き込まれないことを公約としていたのでア
メリカとしてもどうしても戦争を避ける必要があった。ルーズベルトはハ
ル国務長官に五カ月交渉を続けるよう指示したがハルやホプキンス顧問は
天皇や東條首相が親電まで考えていたことを考慮し三カ月あれば合意でき
ると考えルーズベルトもその意向に従ったものである。この暫定協定案は
アメリカがドイツや日本と戦うための準備期間を設けるため画策したとの
考え方が多くの学者や識者の常識のようになっているが、アメリカ世論の
九割が犠牲ばかり多く得るものが無かった第一次大戦の経験から戦争に巻
き込まれることに反対であり(ギャラップ調査等)また陸軍や海軍も前述
のとおり戦争準備ができていないことを理由にルーズベルトの対日経済制
裁(石油禁輸等)に反対であったこと、戦争をしないことを公約に掲げ大
統領になったルーズベルトが対日石油禁輸をしたのは日本軍の中国進出と
南進に対する制裁を画策したのであって日本と戦う積りでないことは明白
である。なぜならばアメリカは例え日本やドイツと戦いたくても国民の反
対で軍備増強の法案が議会を通る筈がないからである。またルーズベルト
自身世界恐慌対策に忙しく国民の生活を保護するのに手いっぱいであり国
民に向かって戦争参加を呼び掛けるなどあり得ない状況であった。

 ルーズベルトをはじめアメリカの指導者が乙案に好意的であることを東
郷外相を通じて知った東條は思った「アメリカは国民や軍の反対で戦争は
できずルーズベルト自身も戦争はしないと選挙公約で約束した。しかし陥
落寸前のイギリスを助けようとする強硬派の勢力は強く何とか日本に戦争
をけしかけている。また中国のマーケットを日本に渡すまいとする力も強
い。外務省の情報では乙案で日米合意が成功するかも知れないとしている
が陸軍の情報では強硬派の力は決して侮れないとしている。最後まで油断
できない状況が続くと思うが最後の手段は陛下からルーズベルトに日中の
和平の仲介を要請してもらうことになるかも知れない。その時は日本とし
てはアメリカが満州国さえ認めれば日本軍は中国から撤退するという条件
を飲まなければならなくなる。アメリカとの戦争が回避されさえすれば靖
国に眠る犠牲者は満足するか」。

 ルーズベルトはホプキンス、ウオーカー、ハルの他陸軍長官、海軍長官
と暫定協定案の最後の詰めを行った。ルーズベルトが言った「天皇や東條
は私が親電を打てば日中の仲介を私に委ねるところまで軟化した。暫定協
定案で交渉は進展するものと思う。あとはハル国務長官の外交能力に委ね
るしかないであろう」。
 ハルは既に七十歳を超えた弁護士あがりの外交官でありアメリカ史上最
高の国務長官としてルーズベルトの信頼が厚かった。彼は終戦後ノーベル
賞を受賞するほどの外交哲学を持っておりその基本は国家の独立や内政不
干渉といった基本を重視しており、その精神の基本は親日的であったが日
本に対してはいわゆるハル四原則と言われる外交哲学を主張し日本に恰も
難問を押しつけるように見えた。
 ハルが言った「私も暫定協定案が日米両国の和平に繋がるものと思って
います。しかしアメリカは問題ないとしても中国、イギリス、オランダ、
オーストラリアといったアメリカの友好国の意見も聞いて同意を得る必要
があると思います」。このハルの意見には全員が賛成したが結果的にこれ
ら友好国の反発を買うこととなりとんでもない方向に進むこととなった。
以下次号
 

**家庭菜園奮闘記**
 冬の畑は楽で楽しい。まず雑草が生えない。作業をしても汗をかかず楽
である。作物が霜に当たり味がよくなる。
 ホウレンソウ、小松菜、大根、カブといった野菜の味は格別である。
 野菜の値段が高騰し小松菜など倍近くの値段になっているが畑には濃い
緑の小松菜が勢いよく成長している。家計の助けになるばかりかビタミン
の補給に役だっている。
 3月にはジャガイモの植え付けをするのでぼつぼつ畑の掃除を始める必
要がある。


 Hideki Tojo, and Franklin Roosevelt (tentative translation)

Are you going to continue to fight with Chiang or seek a peace process
or withdraw military presence from China? Which is Army’s selection?
Tojo answered that behind Chiang there is American power, which makes
Japan to present military power in China though I personally wish to
withdraw military presence from China. Kishi said if you cannot withdraw
military presence in China, the most important thing is not to confront
with the United States. General! Can you do it? Tojo replied that it will
be possible to share the interest and right in China with the United
States by negotiation, but it is a kind of power game which has possibility
of trigger of confrontation and has to overcome this difficulty.

# by 1106-1940 | 2012-01-09 11:38 | Trackback | Comments(0)
リストラとあわれみの心。東條英機とフランクリン・ルーズベルト
 きんもくせい
    第一一五号 国際民族文化研究所

    二〇一一年十二月十日発行

 リストラとあわれみの心
      この世では助け合いが必要                                           
 
 世界の歴史を見ると社会制度や文化は切磋琢磨しながら一定の方向に動いていく。
日本の場合も江戸時代までは鎖国で独自の社会制度や文化を保持できたが現在でも
日本独特のシステムは残っているといっても社会は欧米化されている。日本ばかり
でなく世界は欧米の強い力で席巻されようとしている。今問題になっているTPP
が日本に如何なる影響を与えるか予測は難しいが、TPPは多分にアメリカの景気
対策にその魂胆があるにせよ日本が積極的に参加すれば日本の社会や文化は急速に
変化するし、参加しなくても世界の潮流は自由貿易や社会システムの合理化の道を
歩みいずれは現在の日本社会は大きく変化することとなる。ただそれが早いか遅い
かの違いである。
 問題は社会の変化が早いか遅いかは「弱者の犠牲」を多く伴うか、少なくて済む
か、或いは犠牲が無くて済むのかというこの世で共に生きている生身の人間の「運
が悪く或いは要領が悪く恵まれない層」の人たちを直撃するから慎重に対処するか
、優れた知恵を働かして対処するか、失敗したら十分救済できる措置をとれるか、
などあらゆる場合を想定して対応することが最も重要である。社会が変化すれば犠
牲者が出るのは当然といった考え方は欧米型の弱肉強食の社会の考え方であり政府
は弱者や犠牲者を守る義務があるといっても政府に力が無ければ政府の存在意義は
ない。このような場合歴史はどうしたか。

 明治維新後大久保利通と木戸孝允は深刻な表情で向かい合って座っていた。「明
治の改革を成功させるためにはどうしても大名や武士を廃止し新しい制度を作る必
要があるがそんなことをしたら各地で反乱が起きる。その結果明治維新は失敗に終
わる。しかしもはや大名や武士は不必要だ。さて、どうしたものか。・・・・・」
二人は長い間向かい合ったままこの問題つまり廃藩置県について悩みぬいていた。
来る日も来る日もこの問題で悩み続けたが二人の意見を黙って聞いていた西郷隆盛
が言った「お主たち二人の意見はよく分かった。わしもお主たちの意見は正しいと
考えるから早速実行に移すべき準備を始めるがよい。わしは陸軍大将だ。絶対に反
乱を起こさせないように措置するから心配せず正しい方向へ日本を動かそうではな
いか」。
 西郷は鎮台と呼ばれる軍隊を治安のため主要な地に常駐させたが軍事力をもって
大名や武士を押さえる意図は全く無かった。大政奉還の意味を大名や武士に説明し
廃藩置県を実施しない限り日本は中国同様列強の植民地となることを説明し黒舟騒
動以来日本の将来に不安を持っていた大名や武士たちは大筋で西郷に同意した。勿
論すべての大名や武士が納得した訳ではなかったが西郷に反旗を翻しても勝ち目は
ないことは分かっていた。
 結果的に日本の総人口三千万のうち二百万以上を占める大名や武士はリストラさ
れた。しかし西郷ら三人は大名には華族の称号を与え武士には国家予算の三分の一
を彼らの生活費として数年に亘り支給し、最後には国債等一時金を与え手厚く扱っ
た。

 戦後の中曽根内閣の時、国鉄の民有化が断行された。国鉄は終戦直後外地から帰
還する将兵の就職を大量に受け入れるといった功績もあったが赤字は大幅に増加を
辿りサービスも私鉄と比べると悪化の一途をたどっていた。僻地など赤字路線を抱
え運賃も全体的に高く国民には不満が鬱積していた。中曽根首相は国鉄の財政悪化
や国民の不満を斟酌し国鉄の民営化を実施し現在のJRにした。当然多数の職員の
配置転換など職員の意に反する措置が取られ結果的に三百名以上の自殺者が発生し
た。当時野党第一党の社会党は土井委員長を始め多くの議員がかかる多数の自殺者
や不満を漏らす職員が出るような民営化はなぜ必要なのか国会で執ように追及した。
 結果的に国鉄の民有化は良かったのかもしれないが私自身個人的にはこのような
多くの犠牲者が出る改革は本当に必要か疑問があって社会党の主張が正しいのでは
ないかと思ったものである。確かに赤字は膨らみサービスは悪いが多くの犠牲者を
出してまで改革する必要があったのか、政治家の点稼ぎではないのかと思ったもの
である。

 バブルが弾けて失われた十年、その後の十年合計二十年以上に亘って不況が続い
ている。経済というものは今や日本だけではコントロールできない状況にあるとは
いえテレビで見ている限り日本政府の対応には疑問が多い。自民党政権の頃は正規
社員を減らし派遣社員を増やす結果となり青年たちは経済的な基盤を失い二人に一
人は結婚できないという。百年もつと言われた年金も平均一世帯二十三万円と政府
は言うが現実は十六万円である。一生懸命積立をしこの額では生活ができないが政
府は年寄りはもらい過ぎだという。多くの庶民がリストラされても誰も同情せず次
は自分と思っている。他方減税や無駄削減を掲げた民主党政権は財務省の言うまま
に増税に必死であり、無駄を省くどころか議員削減さえしない。アメリカの上院議
員は百名だが日本の衆議院議員は五百名近くいる。まず自ら襟を正す姿勢が重要で
あると思う。

 以上のように僅かな例を見ても時代が経つにつれ弱者に対する同情心が薄れ政治
のお粗末さが目立っている。人間の社会は弱肉強食といっても弱者がいるから強者
が存在できるのである。日本の風土は歴史的にみても強いものは弱いものを助ける
精神が存在していた。人間病気、事故、老いは如何ともしようがない場合が多いが
少なくとも人災による不幸は無くすようあわれみのある社会を築きたいものである。



**国際民族文化研究所**

目的:歴史 目的:歴史を研究することによって現在や未来を検証する個人研究所
主宰:三枝篤夫
住所:埼玉県狭山市
メール:saegusa46@hotmail.com
実績:本名で過去数冊の出版実績あり
   研究所機関紙「きんもくせい」(本紙)をメルマガ等で配信
その他:メルマガ、ブログで受信の方は機能上新聞の形でなくベタ打ちになりますの
   でご容赦ください


**悪戦苦闘の株取引**
 この欄で繰り返し述べているが日本の借金は世界で最も多い。ギリシャやイタリア
の状況を人ごとのように見ているが本当は日本が世界で最も深刻であると考える。
 確かに、日本は外国と違って国債の殆どは日本の投資機関や投資家が買っていて安
全に思えるかも知れないが、経済危機が起こり銀行等が破綻し始めたら国債は禿鷹フ
ァンド等の手に渡る恐れは大きい。日本には預金等資産が600兆円あるから安心と
いう説もあるが国債とは関係ないと思う。
 借金を減らす政策は急務である。
 



 歴史推理小説 その時思った    

(本短編集は真の歴史研究を目的とし英雄たちが決断をするとき何を思ったか推測に
より記述したもので、歴史上の事実関係には極力忠実に従いましたが、主人公が思っ
たことや周囲との会話は推測でありその意味で歴史推理小説として位置付けました。
三枝篤夫著)             
 

 第ニ話 東條英機とフランクリン・ルーズベルト

 ほとんどの日本人とアメリカ人は戦争をしたくなかった。昭和天皇と東條英機首相
は全力を尽くし日米和平を目指し戦争を避けようとした。ルーズベルトも国民の九割
が戦争に反対であり、彼自信も障害者として苦難の道を歩んだ経験から弱い立場の若
者を戦場に送ることは忍びなかった。しかし、なぜ日米は戦うことになってしまった
のか。


 その十五 東條の賭け

 ルーズベルトが好意的な目を向け来栖に尋ねた「ほう、私に大切な願いとは何です
か」。来栖が言った「日米間の戦争を避けるためには話し合いを続けることが最も重
要です。しかし日本にもアメリカにもそれぞれの事情があり簡単には合意に達するこ
とは難しいかも知れません。しかしすべてを解決できる二人の人物がおります。我が
日本帝国の天皇と大統領閣下です。この二人の言うことは誰も逆らえません。そこで
大統領閣下におかれては直接天皇陛下と会話をもってもらいたいのです。具体的には
閣下より天皇陛下あて親電を打って欲しいのです。そうすれば天皇陛下は閣下に日中
の和平の仲介を依頼します。具体的な話し合いは例えばここにおられるホプキンス顧
問等を日本に派遣していただければ進められます。
 大統領閣下、私どもは何としてでも日米間の戦争は避けたいと願っております。お
願いです、日米和平のため天皇陛下と直接連絡をとって下さい」。
 
 ルーズベルトは非常に驚き来栖の顔を睨みつけるような形相で見ていた、そして思
った「天皇は戦争を避けたいと思い東條を首相にした。東條であれば陸軍を押さえら
れるし海軍も抑えられる。しかし近衛前首相が決定した外交交渉が失敗した場合は開
戦するという決定は東條の力をもってしても変更できなかった。陸海統帥部は十二月
一日午前零時までに日米間で合意が得られない場合は開戦することを日本政府として
決意させた。
 石油の備蓄が二年分しかなくアメリカと戦争するにはアメリカが国民の反対で戦争
準備が出来ていない今しかない、今であれば短期戦であれば負けることはない、座し
て死を待つような国民でない日本人、特に統帥部がこう考えるのは私には分かる。親
戚のセオドル・ルーズベルトから日露戦争の話を聞いているから日本人の思考は痛い
ほど分かる。
 しかし、石油の禁輸を決めたのは私だ。国民は戦争に反対であり、海軍は艦船の数
が日本より圧倒的に劣るとして、また陸軍は準備の出来ていない今日本と戦争すれば
ロッキーを越えシカゴまで攻められるとして反対した。要するに日本に交渉が失敗し
た場合開戦に踏み切らせることを決定させたのは私だ。一人の車イスの身体障害者で
銃を持って戦えない私が何百万の青年や国民を犠牲にすることは神も許すまい。
 親電は東條の苦悩の結果のアイデアであろう。彼の意見を受け入れなければ天は私
に鉄槌を下すであろう」。
 来栖が退室するに当たってルーズベルトは握手することもなくじっと来栖の目を見
つめていた。そして最後に温かい微笑みを来栖に送った。来栖はルーズベルトの表情
から親電の件は受け入れられたと判断した。大使館に帰りその旨野村大使に報告する
とともに東條首相、東郷外相に親電については一言もルーズベルトから発言は無か
ったがその表情からルーズベルトは深く感動し当方の要望は受け入れられたと判断で
きる旨報告した。

 来栖が去ったあと暫く沈黙が続いたがルーズベルトはハル、ホプキンス、ウオーカ
ーの三人に向かい言った「私は来栖の言ったことは正しいと思う。従って直ちに天皇
あて親電を打ちたいと思うが諸君はどう思うか」。三人は暫く考えていたがアイデア
はいいと思うしいつかの段階で親電を打つことは反対ではない。しかし現在日本政府
と外交交渉中でありタイミングとしては適切だとは思わないし、第一親電といっても
新しく提案する材料が見当たらない。取り敢えずは先般野村大使が提示した甲案を検
討することが先決である。情報省が解読した暗号によれば現状維持を主張し和平が成
立した暁には中国から撤兵するといった交渉の役に立たない甲案でなく、乙案という
日本軍は南部仏印より撤兵するので石油の日本への供給を従来通りにして欲しいとす
る案が近く日本政府より提出される由である。乙案はアメリカとして交渉継続のため
受け入れられるので、それを待って親電を検討するのが現実的であると思う。といっ
た意見が出された。
 ルーズベルトが言った「来栖の言うとおり天皇と直接連絡を取ることは重要である
が、諸君がそう考えるのなら乙案の提出を待とう。乙案が提出されたら五カ月位は交
渉を続け何とか合意に持ち込みたいものだ」。ホプキンスが言った「天皇や東條が親
電まで考えているならば大統領が日中の仲介をするお膳立てができたようなもので三
カ月もあれば日米合意は成り立つかも知れない。アメリカにも過激派も多いから早く
合意を成立させねばアメリカも世界大戦に巻き込まれてしまう」。以下次号



**家庭菜園奮闘記**
 秋冬野菜10種類以上の収穫期であり畑に行くのが楽しみである。
ただ放射能の心配があり余分に取れた野菜を人に分けることは控えているので全部食べ
きれるか心配である。
 ホウレンソウ、春菊、チンゲン菜等は毎日茹でて食べており、ねぎや白菜は鍋には欠
かせない。
 大根はブリ大根等に活用し、カブは味噌汁の具に最適でもある。
 里芋はまだ手をつけていないが煮物等が楽しみである。
 


  Hideki Tojo, and Franklin Roosevelt (tentative translation)

Of course it is illegal from academic point of view that the United States is
assisting Chiang Kai-Shek militarily and Russia is helping Mao Zedong. But
under present international situations these assistances can be justified.
Then, what is conclusion? The answer is “power”. The strongest country among
Japan, the United States and Russia can get victory. Present international
theory is not academic way of thinking but imperialism power which each country
has possessing. General Tojo, the construction of the state of Manchuria is
successfully done, but the fighting to Chiang Kai-Shek is just starting. Which
side can get victory, Chiang or Mao? Japan’s most important task is not to
mistake this point. What is your judgment? If you misjudge there is a possibility
to pave a way to fight with the United States or Russia.

.
# by 1106-1940 | 2011-12-07 15:56 | Trackback | Comments(0)
癒着社会の悲劇。東條英機とフランクリン・ルーズベルト
きんもくせい
 
 第一一四号 国際民族文化研究所
 二〇一一年十一月十五日発行

 癒着社会の悲劇
   生活費が高くなる原因                                           
 
 現役時代の四十年のうち二十年以上を外国で過ごしどうしても分からないこと
があった。アメリカやオーストラリアといった先進国で暮らしていると生活費が
日本の三分の一程度で済むのである。アメリカで一ドルあればコーラやハンバー
グを買って結構一食分の食事ができるのである。しかし日本の百円ではコーラ一
杯さえ買えないときがある。スーパーでも食糧等の生活必需品は二、三十ドルあ
れば四、五日分の材料の買い置きができる。日本で二、三千円では一日分の食事
がやっとである。日本人から見るとアメリカやオーストラリアのスーパーの野菜
や魚は新鮮ではないし肉もまずいと思う人は多いが長く生活しているとそのよう
なことに余り拘らなくなるし第一鮮度には差がなく日本の場合はアメリカやオー
ストラリアと違って売るために特別に手を加えるため違って見えるのである。私
など日本の霜降り牛肉よりアメリカの単純な味の牛肉に慣れてしまってより美味
しく感じる。野菜も日本の場合新鮮で生きが良いように見えるが農薬をどの程度
使っているのか、安全なのかつい気になってしまう。よれよれに見えてもアメリ
カやオーストラリアの野菜の方が安心できるのである。
 電気、ガス、水道等の料金は日本はけた違いに高い。電気の場合日本はアメリ
カの二・五倍、中国、韓国の倍であるという。先進国で極く普通の住宅は殆どす
べて全館冷暖房である。トイレや風呂で気温が急に変化して倒れて健康を損ねる
などという例は外国にはない。一年中電気を冷暖房に使っても電気代は多少負担
になると感じる程度で、もし日本で全館冷暖房にしたら給料を倍もらっても電気
代を払えないだろう。車にしてもガソリンは税金が高いためその料金はアメリカ
やオーストラリアの倍近いしまた車検は殆どの場合なくあっても基本的な検査で
五ドル程度である。勿論車検料、重量税、自動車税などというものはない。
 このように日本の場合は人間が生きていく上で必要な基本的物価が驚くほど高
い。その結果世界で東京、大阪が世界一生活費が高い都市になるが外国人は困っ
ている。仕事の都合上外国の大使館員が集まる会合によく行ったが親しくなると
彼らの合言葉が出るのである「日本でどう生き残るか」。つまり多くの国では大
使館員の給料は少なく日本で生活できないのである。そのため館員の夫人が密か
に工場等で働いている。またアメリカの場合には海外手当がないためアメリカで
貰っていた給料で生活しなければならず前述のごとくその経費はアメリカの三倍
かかることになり「日本でどう生き残るか」の音頭を取る結果となる。観光客も
普通空港からダウンタウンまでせいぜい十ドル、つまり千円程度であるが成田か
ら東京まで二万円はかかる。大きな荷物を持って言葉も分からず複雑なシステム
の電車に乗ることは無理である。政府がいくら観光に力を入れようとも外国人は
日本の物価が高いことから今の状態は変わることはなかろう。
 
 なぜ日本は世界一物価高の国になってしまったのか。もし物価がアメリカやオ
ーストラリア並みになったら人々の生活の質は上がり国家予算は少なくて済み借
金の返済もできるのではないか。
 まず物価高の原因は日本人の親切心にあると思う。終戦直後食糧もなく職もな
く人々は放心状態にあった。しかし生きていくため国家を立て直すため私たちは
必死に働いた。その基本はお互いに助け合うことにあり見も知らぬ他人であって
も困っていれば自分を犠牲にしても助ける互助精神を持っていた。国家規模でみ
れば難しい国家試験を経て役人になったものはある程度の地位につくと天下りし
て国家の発展のため企業を育てたのである。当時は三井、三菱といった財閥系の
大企業が若干あるのみでパナソニックもソニーも小企業で彼ら役人が日本の全体
を占める中小企業を育てた功績は評価されてしかるべきと思うのである。しかし
世の中は流転する。日本は経済大国と言われるほど成長した。しかし役所のシス
テムは企業と違って旧態以前であり経済界から邪魔者扱いされ始めると特殊法人
を作ったり企業と妥協して持ちつ持たれつの関係を構築した。
 具体的な例を出して申し訳ないが今問題になっている電気料金を例にとると、
経済産業省は東電に毎年五十名を天下りさせているという。電気料金設定の方式
は知らないが東電は独占企業であるからかなり大雑把な方式で料金を設定しても
国民は分からない。天下りの必要上経済産業省も文句は言わない。正義感の強い
役人が文句を言っても天下った先輩が「何だ、お前」と言えばその役人も自分の
保身上黙って引き下がらざるを得ない。つまり官民癒着がありこの現象は日本中
あらゆる分野にある。当初は互助の精神であったものが癒着に代わり電気料がア
メリカの二・五倍、韓国、中国の倍になってしまうのである。
 
 千三百年も続いた中国の公務員登用制度の科挙が清朝の時代日露戦争の日本の
勝利に刺激されて廃止になったが、その背景の一つに科挙が各王朝の末期になる
と腐敗をもたらすことにあった。日本の場合いま政治が役所をコントロールでき
ないとしたら最後は我々庶民が立ち上がるしかあるまい。日本の生活費がアメリ
カの三倍というのはどうしてもおかしい。日本の癒着がアメリカの三倍あるとし
か考えられない。
 
 日本の物価が現在の三分の一になれば年金や医療費も少なくできるし、そうな
れば国家財政も楽になり減税や借金の返済も容易になる。税金を上げたり、出来
もしないのに無駄を省くなどと叫ぶ前に日本のあらゆる分野にはびこっている癒
着を剥がすことが先決であると考えるのである。


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**悪戦苦闘の株取引**
 ギリシャに次いでイタリアが危なくなってきたという。イタリアはユーロ圏では
ドイツ、フランスに次ぐ経済大国であるから事は深刻である。世界恐慌を予測する
声さえある。
 いつも不思議に思うのだがアメリカの民間の格付会社が格付けを下げると禿鷹フ
ァンド等が動くのか急にその国の国債の利回りが高くなって信用を失う。イタリア
は200兆円の借金だが日本は1,000兆円の借金がある。この国債が禿鷹ファ
ンド等に流れ格付けが急落したら間違いなく日本は沈没する。恐ろしい話だが現実
である。





 歴史推理小説 その時思った    

(本短編集は真の歴史研究を目的とし英雄たちが決断をするとき何を思ったか推測
により記述したもので、歴史上の事実関係には極力忠実に従いましたが、主人公が
思ったことや周囲との会話は推測でありその意味で歴史推理小説として位置付けま
した。三枝篤夫著)             


  第ニ話 東條英機とフランクリン・ルーズベルト

 ほとんどの日本人とアメリカ人は戦争をしたくなかった。昭和天皇と東條英機首
相は全力を尽くし日米和平を目指し戦争を避けようとした。ルーズベルトも国民の
九割が戦争に反対であり、彼自信も障害者として苦難の道を歩んだ経験から弱い立
場の若者を戦場に送ることは忍びなかった。しかし、なぜ日米は戦うことになって
しまったのか。


 その十五 東條の賭け

 東條は特使を派遣するに当たって東郷外相と協議し参内し天皇に説明した「甲案
、乙案は先般ご説明したとおりですが陸軍の情報では必ずしも成功するとは限りま
せん。そこで最後の策として日本と中国の和平の仲立ちを陛下からルーズベルトに
ご依頼していただく道しかないとの結論に思いいたりました。総理大臣としての私
の能力は九月六日の国策要綱を白紙に戻せないものでかかる状況では恐れ多いこと
ですが陛下のお力にすがるしかありません。勿論陛下からルーズベルトにご依頼す
るのではなくルーズベルトから陛下当て親電を打ってもらいます。それに対し陛下
から日中の和平をご依頼していただくというものです」。天皇が答えた「ルーズベ
ルトはそのような依頼を簡単に受けるか」。東條が言った「陸軍の情報では近衛前
首相の首脳会談の申し出にルーズベルトはかなり乗り気でありましたがハル国務長
官等事務方の意向で実現しませんでした。しかし陛下からの要請があれば前向きに
対処することは間違いないとのことです」。天皇が言った「日中の和平となれば我
が軍の中国からの撤兵となるがそなたは撤兵を飲む覚悟か」。東條が答えた「私は
従来からアメリカの圧力による撤兵には断固反対してきましたが単に反対したので
はなく靖国に眠る犠牲者を癒す撤兵であれば柔軟に考えていました」。天皇が言っ
た「そうであったな」。東條が言った「野村大使から交渉ができる第二大使の派遣
を求めてきています。特命全権大使が二人となるのは異例ですがアメリカ側も認め
ていますし、来栖(くるす)大使を送りたいと思いますので認証をお願い申し上げ
ます。来栖は特使として親電の件をルーズベルトに依頼させます」。天皇が言った
「来栖はドイツと三国同盟を調印した当人だがアメリカに異存がないのならばよい
であろう」。
 
 昭和十六年十一月初旬、つまり日本の真珠湾攻撃の一カ月前来栖大使はルーズベ
ルトに挨拶のためホワイト・ハウスを訪ねていた。天皇からの信任状は野村大使が
ルーズベルトに奉呈しているので単なる挨拶であったが彼は恐ろしく緊張していた
。日本を出発する前東條首相と懇談し彼から言われた言葉が酷く気になっていた。
東條は来栖に対し「アメリカは世論全体が戦争に巻き込まれることに反対している
し、従って戦争準備も出来ていない。アメリカが日本に攻め込むことはないと考え
てよいので甲案、乙案は成功三分、失敗七分という厳しい提案と考えてもらいたい
。中国からの撤兵についてはアメリカの圧力で実現するようなことがあれば自分は
靖国神社に向かって寝られないから、大変な任務であることは重々承知しているが
何とか日中関係の事情をアメリカに詳しく説明してもらいたい。
 甲案、乙案の成功率が三分、中国からの撤兵はアメリカの圧力では受け入れ難い
という申し入れでは戦争になる可能性は否定できない。しかしそれでは困るのだ。
ついては日米間で戦争を避けるためルーズベルトに陛下当て親電を打ってもらうよ
う依頼して欲しいのだ。親電が来れば陛下はルーズベルトに日中の和平の仲介を依
頼するお覚悟である。ルーズベルトがこの話に乗ってくるか否かは陸軍の情報によ
ればまず大丈夫とのことだ」と語り自分の任務がルーズベルトからの親電の発出で
あることは分かったが外務省の情報ではそのようなものは見られなかったことから
ルーズベルトがどのような反応を示すか不安に苛まれていた。
 
 ルーズベルトがにこにこしながら握手を求めるため右手を差し出しながら入室し
来栖の横に座った。そして言った「あなたが東條首相の信任が厚く日米間の会話を
成功させるためワシントンに派遣されたことを大歓迎します。ご存じのようにアメ
リカはいま大恐慌の最中でまた国民は戦争に巻き込まれることに反対で戦争ができ
る状況ではありません。日本だって本心は戦争をしたくないと見ています。ここは
じっくりと話し合うことが肝心と思います」。そこへハル国務長官とジョン・ホプ
キンス顧問、腹心のウオーカー郵政長官が入室し来栖はルーズベルトから彼らを紹
介された。
 そしてルーズベルトは続けた「本日は貴使の御挨拶のための訪問なので実務的な
話は避けますが大使館に戻ったら野村大使に甲案を受け取りハル国務長官を中心に
検討中であることをお伝え下さい」。来栖が答えた「分かりました。野村大使にそ
の旨伝えます。ところで本日私が伺ったのは勿論挨拶のためではありますが、大統
領に大事なお願いがあってまいりました」。以下次号
 
 
**家庭菜園奮闘記**
 秋冬野菜が大きくなって収穫が始まった。大根やカブは未だ間引きの段階だが葉
っぱものは十分料理して食べられる。
 今年はちょっとした異変があった。いつも一番元気の良い春菊が弱よわしいので
ある。ホームセンターで相談したところ、堆肥を牛フンから鶏フンに代えたためで
はないかというのであるが、他の菜っ葉類すべてが元気良いので納得ができない。
いつでも満点ということはないので仕方ないが。


  Hideki Tojo, and Franklin Roosevelt (tentative translation)

Kishi clearly answered that personally I am respecting you as a most respected
General since you have strong sense of justice and your behavior is always
matching what you say. You are always listen to the opinion and instruction
from Emperor and Japanese Government and smoothly coordinating with the
Government of Manchuria and Japanese army in Manchuria and treating
Manchurians and Chinese not to hurt. Although from purely academic point
of view Japan is illegal to establish a state in Manchuria which is a part
of Chinese territory, however in view of real international situation like
Japan’ efforts to avoid the Russia’s intention to invade Japan including
Japan- Russia War, invasion of European powers and American to China after
collapse of Xing dynasty, and China’ internal confusion, Japan’ action in
China is not incorrect as you say.

# by 1106-1940 | 2011-11-11 16:08 | Trackback | Comments(1)
世界を変えた女性ーエレノア。東條英機とフランクリン・ルーズベルト
きんもくせい
 
 第一一三号 国際民族文化研究所
 二〇一一年十月二十日発行

   世界を変えた女性―エレノア
          ルーズベルトの懐刀                                      
 

  エレノアと言われても殆どの日本人は知らないと思うがアメリカでは恐ら
くアメリカ史上女性の中では最も尊敬されている婦人である。日本には彼女に
関する本が殆どないことから日本人が知らないことは無理もなく私自身ワシン
トンとロサンゼルスで生活し東京でもアメリカ関係の仕事をしていたがエレノ
アという名前こそ知っていたがそれ以上のことは知ろうとさえしなかったし、
また知る必要もなかった。それはちょうど篤姫が徳川十三代将軍の正室になっ
たということを知っていただけで具体的に何をしたのかどのような偉大な仕事
をしたのか大河ドラマを見るまで知らなかったと同じ状態であった。エレノア
についても本紙で歴史推理小説を連載するため始めて注目するに至ったわけで
篤姫に続いて改めて女性のパワーの強さを知らされ驚くとともに、現在掲載中
の歴史推理小説「東條英機とフランクリン・ルーズベルト」では多く取り上げ
る機会がないと思うのでこの機会に不完全な知識ながら取り上げてみた。
 エレノアは戦時中日本が鬼畜米英と敵視したアメリカの大統領フランクリン
・ルーズベルトの妻である。ルーズベルト大統領については日本にとって敵国
であったことからまた人によっては太平洋戦争はアメリカの罠であったと信じ
る人もいることから余り評判は良くないが、アメリカに於ける各種の世論調査
によればリンカーンについで初代のワシントンと並ぶ評価の高い大統領である
。ルーズベルト大統領の一生を知ると決して幸福な一生とは言えない。鉄道会
社の重役のエリートの家柄に生まれハーバード大学を卒業し政界に入り副大統
領候補までなったが三十九歳のとき小児マヒにかかり以後車イスの生活となっ
た。一九三二年に大統領になったが一九二九年から始まった世界恐慌に直面し
様々な手を打ったがうまくいかなかった。一九四〇年の三選の際は初代ワシン
トン大統領からの大統領職は二期までとの暗黙の了解があり出馬する積りはな
かったが、彼の世界恐慌対策がうまくいっていないにも拘わらず毎週行われる
彼の炉辺談話と言われるラジオを通しての国民への呼びかけがアメリカ国民を
して彼以外の者ではアメリカの経済危機を乗り切れないと確信させたのか国民
から押される形で三選された。一九四一から始まった太平洋戦争では自身の一
次大戦から八年に亘る海軍次官の人脈を生かし若いニミッツ少将を無理やり大
将に格上げし太平洋司令官に任命し奇跡とも言われるミッドウェイの海戦を勝
ち取った。一九四四年の大統領選挙では彼以外に大統領を務まる者がいないこ
とから四選された。そのとき彼は過労のため誰が見ても弱りきっており彼の周
辺は彼は四年間は持たないと考え彼が考えていた副大統領候補を無理やり下ろ
しトルーマンを任命した。案の定彼は一九四五年ドイツが降伏する一カ月前、
日本の降伏の四カ月前に脳卒中で他界した。人生の前半はエリート街道を歩ん
だが、中盤で小児マヒにかかり長い闘病生活を送り、大統領に当選しても世界
恐慌に悩まされ、その後はアメリカ国民が反対していた日本やドイツとの戦争
に巻き込まれ過労で他界するという悲劇的な人生であった。
 
 妻エレノアは日露戦争で日本の味方をしたセルドア・ルーズベルト大統領の
姪である。彼の父がセルドアの弟であったがアルコール中毒で早死した。母は
美人であったが美しくないエレノアを可愛がらずエレノアは不憫な幼少期を送
ったがその母も他界したため親戚に預けられたが美人でなく可愛くもなく内気
なエレノアは誰にも可愛がってもらえず不幸な日々を過ごした。彼女が一変し
たのはイギリス留学から帰国しニューヨークで貧しい移民の子供の学校で働き
現実の世界を見たときからであった。内気で何事にも消極的で容姿に恵まれな
い自分を攻め続けるのを止め必死になって貧しい底辺の移民の子供たちのため
に働いた。
 そんなとき一族のフランクリン・ルーズベルトと恋に落ち結婚した。世間は
フランクリンのようなエリートで容姿の優れた男性がなぜあのような容姿の女
性と結婚したのか、もっとふさわし女性がいたのではないかと不思議に思った
が、恋とはそういうものでエレノアの何かがフランクリンを引き付けたのであ
ろう。だが、この恋は大変な結果をもたらした。フランクリンが三十九歳のと
き小児マヒにかかり半身不随となってしまった。本人や本人の母や周囲は安静
にして残った人生を送ることをフランクリンに勧めたがエレノアは違っていた
。フランクリンに向かって「政治こそあなたを精神的に立ち直させるものです
」と励まし政治をほぼ断念していたフランクリンを数年にわたる闘病生活から
復帰させ大統領にまでにした。精神的にも肉体的にも苦しい闘病生活を強いら
れたフランクリンは精神的にも謙虚になり大統領になってからも女性問題、マ
イノリテイ問題といった弱者に対する政策はすべてエレノアの案を受け入れた
。彼女は太平洋戦争初期の日系人の強制収容にも真っ向から反対した。ルーズ
ベルト夫妻は蒋介石夫妻とも仲良くエレノアと蒋介石夫人の宋美齢は親しかっ
たが、資料が見つからないので分からないがエレノアは日本と戦争をすること
に強く反対したに違いない。
 
 もしルーズベルトが大統領になっていなければアメリカは日本軍により手痛
い損害を被っていた可能性がある。私がアメリカにいた頃図書館で調べたが当
時のアメリカは国民の反対で戦争準備が整っておらずアメリカ陸軍が予想した
とおり日本軍はロッキー山脈を越えシカゴ周辺まで攻め入った可能性がある。
ニミッツを抜擢できたのはルーズベルトの能力であり負ける筈のミッドウェイ
海戦を勝利してアメリカ本土を守ったとも言える。
 エレノアは夫の死後平穏に余生を送る積りであったが周囲が許さず国連代表
等を務めアメリカ女性史上最高の栄誉を得たのである。




**国際民族文化研究所**
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すのでご容赦ください


**悪戦苦闘の株取引**
 世界の経済がこのように落ち込むと回復には多分長期間が必要になろう。前回
の大恐慌は第二次大戦によって解決された。今回はどのような決着を見るか想像
もつかないが、一つ言えることは最後は自分が可愛いから弱い国、大人しい国が
犠牲になるのかもしれない。
 二十年も不況が続いている日本の円が買われている。日本の貯金等の資産が狙
われている。900兆円の国債が狙われている。見ていると日本の政界や財界は
大人しい。禿鷹ファンドの犠牲にならないためには国際センスを持った人材の活
躍に活路を見出す必要がある。





  歴史推理小説 その時思った    

(本短編集は英雄たちが歴史上の決断をするとき何を思ったか推測により記述した
もので、歴史上の事実関係には極力忠実に従いましたが、主人公が思ったことや周
囲との会話は推測でありその意味で歴史推理小説として位置付けました。 三枝篤
夫著)             

  第ニ話 東條英機とフランクリン・ルーズベルト

 ほとんどの日本人とアメリカ人は戦争をしたくなかった。昭和天皇と東條英機首
相は全力を尽くし日米和平を目指し戦争を避けようとした。ルーズベルトも国民の
九割が戦争に反対であり、彼自信も障害者として苦難の道を歩んだ経験から弱い立
場の若者を戦場に送ることは忍びなかった。しかし、なぜ日米は戦うことになって
しまったのか。

 その十四 東條対統帥部
 
 ルーズベルトは陸軍を退役していたマッカーサーをホワイト・ハウスに招致し語
った「将軍は私が景気対策のため陸軍の予算を縮小したことに大きな不満があるこ
とは承知しているが日本との関係がどうしてもうまくいかない。そこでアメリカで
最も尊敬されている将軍にフィリピンに行って極東司令官として日本の強硬派の押
さえになってもらいのです。軍備は十分とはいきませんがアイゼンハワー等の優秀
な補佐官を付けます」。マッカーサーが答えた「あなたは中国については詳しいが
日本の事情が分かっていないところがある。私は若い頃父が日本の駐在武官でその
副官を務めたことがあるので現在の日米関係がぎくしゃくしているのはお互いの理
解が十分でないことに原因があると見ている」。ルーズベルトが言った「あなたが
明治天皇に会って感激し乃木将軍に師事していることは親戚のセオドル・ルーズベ
ルトから聞いて知っています。つまり武士道ですね」。マッカーサーが言った「武
士道を理解するには日本人と会わなければ無理です。私があなたに反感を持ってい
るのは陸軍の予算を削減したことではなく日本人と直接会わないことです。現在は
大恐慌ですから軍備よりも経済が大切です。日本との関係は人と人の関係です」。
ルーズベルトが答えた「私は神父二人を日本に派遣しウオーカーとハルが東條の腹
心の岩畔大佐とともに纏めた日米了解案に基づき日本と自分自身で交渉する積りで
あった。しかし日本の国是である日独伊三国同盟のため暗礁に乗り上げてしまった
」。マッカーサーが言った「あなたは東條を買っているようですが日本の憲法は総
理大臣を含め大臣はすべて天皇に直属しており総理大臣は特別の権限はありません
。その上統帥部という政府より強い組織があります。日本人を知らないハル国務長
官などに任せずあなたが直接日本人と会うことが問題の解決に繋がります。
 あなたの要請であれば私はフィリッピンに行きます。今のアメリカの軍事力では
私が日本に攻められかの地で死ぬか、アメリカと日本の和平が成功するかはあなた
次第です」。
 ルーズベルトが言った「・・・・・・そうですか。私の要請を受けていただいて
光栄です。ご忠告は十分考慮します」。

 その頃日本の情勢は大変な局面を迎えていた。連日続いている政府・統帥部連絡
会議では日本の方針は従来どおりであることは決まったがアメリカが軍備を整えて
からでは遅いとの考慮から外交の期限を決めること、そして外交の内容について議
論が移った。東條は考えた「九月六日の国策要綱が変更出来なかったということは
今後統帥部の意見が支配的になるということだ。統帥部だってアメリカとの戦争は
避けたいが今を逃しては僅かな勝機すら逃してしまうという焦りがある、座して死
を待つ訳にはいかないから。中国からの撤兵に目を瞑るしかないのか。しかしそれ
では靖国に眠る英霊に申し訳が立たぬ。民間人の犠牲者に対してもだ。しかしこれ
以上の犠牲を防ぐためには陛下にお出ましいただくしか手がないかも知れない。ア
メリカに特使を送るか」。
 そんな東條の悩みをよそに連絡会議は大荒れに推移した。アメリカとの外交の期
限について海軍統帥部は十一月二十日を主張し陸軍統帥部は同十三日を主張した。
東條首相と東郷外相は外交に期限はないと強硬に迫ったが陸、海両統帥部は譲らず
結局両統帥部が話会った結果十一月三十日となった。東條と東郷はその案に大きな
不満を持ち更に外交の期限の延長を迫ったが統帥部と折り合いがつかず結局十二月
一日午前十二時となり統帥部に妥協した形になってしまった。
 次いで外交方針に議論が移り東郷外相から甲案、乙案の腹案が示された。端的に
言えば甲案は日本の現状を維持すること、乙案は南部仏印から撤兵しその代償とし
てアメリカから従来どおり石油等の供給を受けるというものであった。これについ
ては大きな異義はなかったが東條にしてみれば断腸の思いであった。
 
 東條は外相には優秀な外交官である東郷を起用したが東郷は当初東條の要請を拒
否した。「あなたが中国からの撤兵を拒否する限り私は外相を引き受ける訳にはい
きません」。東條は言った「私は頑強に撤兵を拒否している訳ではない。靖国に眠
る犠牲者や民間の犠牲者を癒せる方法があれば撤兵に応じる用意はある」。東郷が
言った「首相がそこまで腹を括っておられるならば日米交渉は成功するでしょう。
外相のポストはお受けいたします。」。そんなやり取りがあって外相に就任した東
郷は東條首相と協議し甲案、乙案を作成した。東郷外相は何とか交渉は成功すると
考えていたが外務省と異なる陸軍の情報ではアメリカの態度はルーズベルトはとも
かくハル国務長官の立場は厳しく中国に対する機会平等の主張は強く交渉には少な
からず困難が伴うというものであった。そこで東條は決断した「特使を送ろう」。
以下次号。

         
**家庭菜園奮闘記**
 野菜が育ち始め間引きが必要になり小松菜はじめ菜っ葉類数種類を取ってきては
味噌汁やそば類の具にしている。白菜も大きくなったので植え替えた。来週はキャ
ベツの植え替えが必要であろう。里芋の収穫時期になったが未だ手を付けていない
。そろそろ収穫して豚汁にでも使おうかと考えている。
 あとエンドウを撒くタイミングであるが気候がまともでないので難しい。霜の予
想が難しいのである。


  Hideki Tojo, and Franklin Roosevelt (tentative translation)
    But Kishi has more interest to practitioner as a mean to contribute
country and refused to stay school as a scholar. Many people expected him
to join the Ministry of Finance to control Japan, but he joined the Ministry
of Agriculture and commerce. And he became the Deputy Director of Management
and Coordination of the State of Manchuria and displayed his uncommon ability.
   One day, Tojo asked Kishi if his understanding is correct saying that
the European powers and the United States are insisting the establishment of
the State of Manchuria by Japan as an invasion of Japan to China and Japan
-China War which started by the incident of Marco Pole bridge is a conspiracy
of Japan and the United States is helping militarily Chiang Kai-Shek, but
these opinions are utterly incorrect. I am sure my understanding above
mentioned is not incorrect. I would like to know your opinion since you have
top level of ability of analysis the international situation.
 
# by 1106-1940 | 2011-10-15 14:32 | Trackback | Comments(0)
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